7月は、お盆の月です。お盆になると、ご先祖さまのことを思い出します。
今日は、みなさんにひとつ、質問があります。
「大切なものは、目に見えるでしょうか?」
空気は見えません。でも、空気がなければ、わたしたちは生きていけません。気持ちも見えません。でも、「ありがとう」と言われると、心があたたかくなります。
目には見えなくても、たしかにあるものが、この世界にはたくさんあります。
では、「いのち」はどうでしょうか。
体は見ることができます。けれど、「いのち」そのものを見ることはできません。それでも、たしかに、ここにあります。そして、そのいのちは、自分ひとりで始まったものではありません。お父さんやお母さんがいて、そのまたおじいちゃん、おばあちゃんがいて、さらにその前の人たちがいて…
たくさんのいのちがつながって、今の自分があります。もし、その中のたった一人でもいなかったら、今ここにいる自分は、生まれていません。その「つながり」は、目には見えません。けれど、たしかに続いています。受けついでいるのは、顔かたちだけではありません。
教えてくれた言葉。
大切にしていた考え方。
やさしくしてくれた思い。
それらは目には見えません。けれど、今の自分の中で生きています。だから、お盆に手を合わせるのは、昔を懐かしく思い出すためだけではありません。
目には見えないつながりが、今も自分を支えていることに気づかされる時間なのです。
自分は、ひとりで立っているわけではない。見えないけれど、たくさんのいのちと、思いに支えられている。
そのことに気づくと、今日という一日が、少しちがって見えてきます。今日、自分がだれかにかけたやさしい言葉も、目には見えません。けれど、そのやさしさは、きっと相手の心の中に残ります。
目には見えないけれど、たしかにある。
いのちも、つながりも、そして「ありがとう」という気持ちも、みんな同じです。
『大切なものは、目には見えない』
では、このお盆、みなさんは何を大切にしたいですか。
ご先祖さまに「ありがとう」と伝えることでしょうか。
家族とゆっくり話す時間でしょうか。
それとも、誰かにやさしくする一日でしょうか。
目には見えないけれど、たしかにある大切なものを、自分なりに見つめる時間にしてみてください。
そのとき、きっと、お盆はただの行事ではなく、自分のいのちを見つめる大切な時間になるはずです。
